2008年01月29日
 ■  バレー・リュス


1909年天才興行師セルジュ、ディアギレフのバレー団、バレー・リュス(ロシア・バレエ団)公演がパリを熱狂の渦に巻き込んだ。伝説のダンサー、ニジンスキーを生んだバレー・リュスの団員達はロシア革命、2つの大戦を経て激動の20世紀を旅した。1930~40年代には米国ツアーを行い、ヴォードヴィルのダンスしか見た事がなかった米国の観客にバレーの魅力を伝え、オーストラリアにもバレーを根付かせた。彼らはバレーを19世紀の宮殿から引っ張り出し、20世紀の総合芸術=トータルシアターとして輝かせた。ピカソ、マティス、コクトー、ココシャネル、ドビュッシー等の舞台美術、絵画、音楽、ファッションまでのあらゆる芸術家がバレー・リュスの世界を作り、かつて無いコラボレーションを成し遂げた。
様々な事情で1948年解散。この映画は2000年にニューオリンズで100人近い元団員が集まった<同窓会>でクライマックスを迎える。
80歳90歳になったダンサー達が語る、踊る歓び、生きる歓びには本当に胸を打たれます。まさにバレー版”ブエナビスタソシアルクラブ”です。
90歳代まで英国バレーの総師として後進を育成したマルコワ(ディム の称号を与えられた20世紀最高の英国人バレリーナの一人)は映画の中のインタビューでこう言いました。
<バレー・リュスで踊っていた頃は報酬なんてほんのわずか。でも”これが踊れるなら”、”あのデザイナーと仕事が出来るなら”と、それが財産だった!ね、私の人生はなんてリッチなのかしら!>
なんて素敵なお言葉でしょう。

投稿者 midorine : 00:56 | トラックバック